【過度な「健康指向」は不健康の元?】

江戸中期の儒学者、貝原益軒は『養生訓』の中で「満ちたりは憂いの始まり」と書く。過食の戒めだが、こんなふうに書かなければならなかったのだから、江戸庶民の食生活の豊かさが想像できる。そもそも日本人が1日3食になったのは江戸時代。この頃から煮豆や佃煮といった副菜つまり「お数」を食べるようになり、満ち足りることの憂いが始まった。
以来300年、益軒の言葉が現代にも立派に通用している。1985年、旧厚生省が発表した「健康づくりのための食生活指針」や2000年発表の「健康日本21」でも飽食の戒めが取り上げられた。ほどほどに食べ、適度に運動すれば、健康な毎日を過せると指摘する。もっともな健康指南だが、やり過ぎはかえって逆効果ということもある。
1972年に米国で提唱された健康習慣(適度な飲酒、適正体重の維持、7〜8時間の睡眠など)は今も正しいと信じられている。しかし、東京慈恵会医科大学健康医学センター長の和田高士さんは、同センターの人間ドック受診者6975人を対象に生活習慣と血圧の関係を調べたら、健康習慣を厳密に守ろうとすればするほど血圧が上昇する傾向にあると指摘する。
「健康に良い生活習慣を厳守する意識が強すぎると、緊張して血圧も高くなるのでは」と和田さんは推論する。健康習慣も「ほどほど」が良いということだろう。 健康診断の検査結果に一喜一憂する前に、我が身の来し方を振りかえり、健康情報に振りまわされる愚だけは避けたいものである。

(出典:日経ビジネス、2003/11/24号、田野井正雄=医学ジャーナリスト)

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