【「酒は百薬の長」は紀元前・中国の広告】

酒を賛美する言葉は多い。人口に膾炙したところでは「酒は百薬の長」。確かに、アルコールは医学的に見れば薬物だが、凡百の薬の頂点に立つとはいささかオーバーでは?
そう思っていたら、司馬遷の『史記』に並ぶ歴史書『漢書』に、こんな記述があるのを見つけた。紀元前、中国は新の王莽(おうもう)が「塩は食の将、鉄は農耕の本なり、酒は百薬の長」といってその生産を奨励したという。なるほど、新が塩、鉄、酒を専売事業にした時の広告コピーならうなずける。
それが巡って、日本でも南北朝時代の『曽我物語』に「百薬の長」の言葉が見える。その後、紀元前の広告コピーが現代にも伝えられたのだから恐ろしい。かくて、赤ワインのポリフェノールが動脈硬化に良いともてはやされ、ビールは、善玉コレステロールのHDLを増やすとまで言われるようになってしまった。さらには、1994年に米医学誌に発表された論文によれば、ほとんど飲酒しない人が心筋梗塞を起こす確率を1とした時、1日当たりグラス1〜3杯程度の酒を飲む人の発症率は0.5と半分しかないという。
だから酒の効用は侮れないと思うのは早計だ。「酒は百毒の長」という全く逆のことわざもある。酒が厄介なのは、多少の利が医学的にも証明されていること。かくて、酒が入ると前後不覚になる失態を演じつつ、今日もネオンきらめく夜の街に繰り出すことになる。健康だけを考えれば、酒に代る飲食物はほかにもある。例えば、赤ワインのポリフェノール作用は、緑茶にもあることをお忘れなく。

(出典:日経ビジネス、2003/10/27号、堀田宗路=医学ジャーナリスト)

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