【塙保己一、記憶力の秘密】

『群書類従』530巻を編纂したことで有名な江戸後期の国学者、塙保己一(はなわほきのいち)は盲目だった。5歳で失明した後、盲人としての修行をしながら、国学の勉強を始めた。その頃、揉み治療を施すため、ある女性の元へ通っていた。治療を終えると、料金は受け取らず、代りに和書を読んでもらっていた。
ちょうど夏のことで、女性は蚊帳の中で本を読み、保己一は外で正座して聴く。その際、両手は自ら縛っていた。手で蚊を追うことにより、気が散るのを防ぐためである。保己一は驚異的な記憶力のみで、古典を学んだのだ。
若い頃は暗記も苦もなくできるが、成人するにつれて、誰もが記憶力に自信を失いやすい。だが、記憶力はいくつになっても高めようと思えばできる。それを行うための、明確な動機を持てばいいのだ。米国の老人ホームで人の名前と顔を記憶する実験が行われた。記憶することに対して褒美を与えたグループと、与えないグループに分けた実験で、明らかに前者が記憶力が高まると確かめられている。
全く新しいことを中年になってから勉強するというのであれば、明確な動機を持つことだ。例えば、語学を学ぶのなら、それを利用することによって何が自分にもたらされるのか、はっきりさせる。成熟した脳は用のないことは記憶として定着させない。だが、そこに動機があれば、これまでの多彩な経験によって培ってきた神経細胞のネットワークで、記憶力を増幅させる。盲目でありながら、保己一が国学者として大成できたのも、学問をすることの強い喜びが動機となっていた。

(出典:日経ビジネス、2003/05/05号、堀田宗路=医学ジャーナリスト)

参考:
塙保己一のことを知りたい方は、下記アドレスをアクセスしてみてください。
http://www.pref.saitama.lg.jp/A02/BP00/ijin/33.html http://www.ne.jp/asahi/hon/bando-1000/tam/tama/tjo/j030/j030t.htm

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